戦後イギリス経済の衰退とそれに対する国民の反応をごく簡単に復習しよう

 

 

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unsplash-logo Kate Krivanec

 

第二次世界大戦が終わると、新しく発足した労働党政権はイングランド銀行、航空業界、電話通信網、鉄道、ガス、電気、さらには鉄鋼業などを完全国有化した。

 

その結果、230万人の労働者に影響が出た

 

戦後しばらくの間イギリスは大きな不景気に見舞われることなく、安定した経済状況が続いた。

 

1950年代から60年代にかけてイギリスは高い経済成長を見せ、1970年代初頭まで失業率も3.5%以下の低水準を維持していた。

 

OECDによると、1960年から1973年までの平均経済成長率は2.9%であった。

 

もっともこれはフランス、西ドイツ、イタリアといったほかのヨーロッパ諸国と比べると低水準であった。

 

産業空洞化(Deindustrialisation)とは、ここでは鉱業、重工業、手工業などの閉鎖により、給料の安定した肉体労働が失われていく現象のことを指す。

 

世界の産業生産高においてイギリスが占めた割合は、以下の通り推移してきた。

1830年 9.5%

1870年代 22.9%

1913年 13.6%

1938年 10.7%

1973年 4.9%

 

20世紀後半の景気減速の原因としては、海外からの競合相手、技術革新の遅れ、労働組合の発展、福祉国家の形成、大英帝国の崩壊、また文化面での変化など、様々な要素があげられる。

 

1970年代には、世界規模のエネルギー危機、インフレ上昇、アジ化各国からの低価格製品の流入などが原因となり、イギリス経済は危機的状況に至った。

 

炭鉱は即座に閉鎖に追い込まれ、21世紀になるころには事実上なくなってしまった。

 

鉄道産業は衰退し、織物工場は閉鎖数が新設数を上回り、鉄鋼業の採用者数も激減、自動車産業は経営難に苦しんだ。

 

こうしたイギリス経済の衰退に対する大衆の反応は、さまざまだった。

 

目の前にある経済不安に対処するために、大英帝国時代の栄光に思いをはせ愛国心を強める人たちが多く現れた。

 

その一方、EUとの協力体制に期待を寄せる人たちもいた。

 

しかし2010年代になるころには悲観的な民意が大きく積み重なり、政治的に大きなインパクトを持つようになっていた。

 

たとえば、労働者階級の多く集まる地域を本拠地とするイギリス独立党(UKIP)は、移民受け入れに対する危機感をあおりながら支持基盤を拡大してきた。

 

2016年のEU離脱を問う国民投票では、こうした長年の大衆の不満が一つの形となって表れたといえるだろう。